お知らせ

フォレスターズかがわ事務局だより2018.12.19

2018年12月19日

今年も残すところあとわずかとなりました。
日頃は本会の活動にお力添えをいただきありがとうございます。

さて、12月17、18日の二日にわたり香川県林業普及協会の県外研修
に参加してきました。奈良県吉野を訪ね、木材市場、製材所、森林、
そして吉野材で建てられた建築をみてきました。

それぞれに現地ならではの貴重な知見が得られ、場を体感すること
ができました。山守り7代目中井氏の語り口は森林への想いがあふれ、
聞く者があつい共感を覚えました。

年が明けるといよいよ2018年度も終盤で活動の集約期となります。
引き続きよろしくお願いいたします。

リレーコラムもアンカーとなりました。谷本さん(監事)の寄稿です。

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     我慢(辛抱)をどれだけ出来るか

私は、昭和14年(1939)11月生まれです(79歳)。

終戦時は、5歳9カ月でした。

一番昔の記憶は、昭和20年の秋の頃だと思います。

父の戦死が、突然に知らされ、母親に抱きしめられて、

「お父さんが死んだのよ」と言われ、我慢の人生が始まった。

小学校5年生(11歳)頃からは、夏休みになると家で飼っている牛を山

(堂山の中腹)に連れて行き、草を食べさせるのです。

朝食を済ませると牛を牛小屋から出して、

1キロ位離れた堂山の中腹まで連れて行くのです。

近所の方々も同じように自家で飼っている牛を連れて行くのですが、

皆さん私より年上の方ばかりで、なぜ私のような小学生がしなくては

ならないのか辛い思いでした。

そのころの堂山は、草が豊富に生えており、木々はほとんど無く、草原でした。

今は、木々が生い茂り入っていくのも無理の状態です。

自然が蘇ったと喜んで良いのか複雑な気持ちです。

牛は、暑い牛小屋から山の涼しいところで美味しい草が食べられて

うれしいかぎりです。牛は、山に放牧しておき、

夕方に連れ戻しするのですが、牛を捕まえるのが一苦労です。

やっと捕まえて、鼻輪に綱を結び山から連れ戻すのですが、途中に池があり、

そこで必ず牛は水を飲むのです。急なすり鉢状の池なので、

水を飲むのは結構危険ですが、牛にすれば長い間水分を採っていないので、

飲みたいはずです。しかし子供の私にとっては、牛が池の中にはまり、

出られなくなるのではないかと心配でたまりませんでした。

時には滑り込んでびっくりさせられましたが、。

牛も必死に泳ぎ何事もなく池から出てきます。

子供の時に苦労・我慢を経験したおかげで今の私があるのではないかと思うこの頃です。

それを、自分の子供たちに伝えられない私がもどかしく、歯がゆい気持ちです。

どうすればよいのか教えて下さい。

チコちゃんのように「ぼ~と生きてんじゃねーよ」と言いたい。

平成も30年で終わりです。どうぞ良いお年をお迎えください。
                                  谷本正彦

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